title: Poppy!
日暮れて道遠し
- 伍子胥(史記)  
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目次







 

 1週間ほど前の5/16 、ポーランドの画家、タマラ・ド・レンピッカは生誕120周年を迎えました。
 グーグルはその日彼女を祝福し、Google Doodleで彼女について触れました。
 私はそれを紹介(翻訳)したいと思います。

タマラ・ド・レンピッカ
「 私は社会の辺境に生きた。辺境に住む人間には、一般社会のルールは適用されなかった。」

タマラ・ド・レンピッカ
Tamara de Lempicka
1898-1980(享年81歳)
ワルシャワ/ポーランド(ロシア帝政下)
画家


ロシア帝政期のワルシャワ
 1912年のワルシャワ 1)
 レンピッカは1898年、ポーランドのワルシャワで生まれました。彼女の芸術に対する愛は、幼少の頃からのものでした。
 彼女がまだ子供の頃、彼女はひと夏を祖母とイタリアで過ごしました。彼女の芸術に対する愛は、祖母と偉大なイタリア・ルネサンス期の画家たちにより、インスパイアされました。
 1912年(14歳時)、両親が離婚した際に、彼女は裕福な叔母と一緒に暮らすよう、ロシアに送られました。
 レンピッカが、将来の夫となるタデュス・レンピッキ (Tadeusz Lempicki) と同様に「貴族の生活」にさらされたのは、この頃のことです。
ロシア革命
 ロシア革命 2)
 1916年(18歳時)、ロシア革命が始まりました。難民となった彼女は、サンクトペテルブルクからパリに移りました。
 彼女はパリで、正式に芸術の訓練を始めました。フランスの画家、モーリス・デニス (Maurice Denis) とアンドレ・ロート (André Lhote) に影響を受けてのことでした。
狂騒の20年代
狂騒の20年代
"The Roaring Twenties: A History From Beginning to End"
(→ Amazon)
 レンピッカは「狂騒の20年代」に対する雄大な賛辞を創作しました。
 彼女を取り巻く壮大で装飾的な環境を内在化させ、”新古典主義”と”洗練されたキュビズム”を取り入れた、彼女独自のスタイルによって。

肖像画:タマラ・ド・レンピッカ
 肖像画 (1929) 3)
タマラ・ド・レンピッカ
タマラ・ド・レンピッカ
Tamara De Lempicka (Bloomsbury Lives of Women)
(→ Amazon)

 翻訳しておいて何なんですが、後半からの彼女の芸術性に関する文章を理解できず、、ここで終わりにします。

 そんな私でも、彼女の創作物に人の心を揺さぶる魅力を感じることはできます。
(Google Doodle に載っているイラストは、怖いのでここに貼りませんでした。) 貼りました。(2018.07.15)

 そんな私は、彼女の写真に惹かれてしまったみたいです。まさに、百聞は一見に如かず。

出典
1) Wikimedia Commons, File:Warszawa - Marszałkowska 1912.jpg.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Warszawa_-_Marsza%C5%82kowska_1912.jpg
(2018.5.22)

2) Wikimedia Commons, File:Soldiers demonstration.February 1917.jpg.
https://commons.wikimedia.org/wiki/
File:Soldiers_demonstration.February_1917.jpg
(2018.5.22)

3) Wikimedia Commons, File:Tamara de Lempicka, Autoportrait (Tamara in a Green Bugatti).jpeg
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Tamara_de_Lempicka,
_Autoportrait_(Tamara_in_a_Green_Bugatti).jpeg
(2018.5.22)

 映画「L.A.コンフィデンシャル」の女優さんを思い出しました。
そして、「ボヘミアン」を学びました。

 

 今日は、陰陽五行説についてです。
感覚的にまとめて行きたいと思います。

五行相性図
五行相剋図
上:五行相生図 ※
下:五行相剋図 ※
 この図を作ってみて、ぱっと思い浮かんだのは、以下のイメージでした。

を生ず:木が燃えて、火になる。
を生ず:火はやがて、灰(土)になる。
を生ず:土は、鉱石(金属)を生む。
を生ず:鉱脈(金属)は、水を生む。
を生ず:水は、木を育てる。

を剋す:木は、土の養分を吸い上げる。
を剋す:土は、水を濁らせる。
を剋す:水は、火を消す。
を剋す:火は、金属を溶かす。
を剋す:金属は、木を砕く。


 遥か昔に、(金属)についての理解が深かったことに驚かされます。

 また、ゲーム「ポケモン」では、”に滅法弱い”のですが、この説では”を剋す”というのが面白いな、と思いました。
陰陽五行説の行列表現
上はおまけの数式です。

 5つの要素が行をなし、”作用する/作用される”というのは、行列式の考え方そのものだな、と思い。
参考

※ 吉野裕子. 日本古代呪術, 講談社, 2016, Aの(1)-(3).

 5つの要素を、今までの自分の経験に当てはめて照らし合わせると、なんだか納得できてしまいます。面白い!

私の属性は「木」なのかもしれない。

 

 先日、このサイトの(リンク)タイトルを新しくしましたので、少し紹介させてもらいます。


ナカムラボの新しいタイトル



 この日記ブログは、なるべく毎日書くつもりでいるのですが、、なかなか難しいもので、、約1週間ぶりの書き込みとなりました。
 今日から6月ですので、また気を取り直し、継続を目指したいと思います。

ナカムラボのタイトル/リンクタイトル

 以前のデザインは木目を基調としてましたが、少しピリッとさせるため、青色を基調とするデザインに変更しました。
 結構、ピリッとしたかな、と思っています。






Poppy! のリンクタイトル

 フォントと埋め込み画像を変更しました。
 新しい画像は、5/11のブログで取り上げたぺスパ(Vespa)です。




おでこと町娘のリンクタイトル

 特に変更はありません。
 女の子のイラストは、山本崇一朗さんのTwitter or 落書き置き場から拾ってきたものです。



新デザインは結構気に入っています。
サイトを見てくれている人の感想が気になるところ。
SNS連動にするべき頃合いかも。

 
oodle:ハインツ・ジールマン生誕101周年
Doodle:ハインツ・ジールマン生誕101周年 1)

 昨日(6/2)、動物学者・ハインツ・ジールマン(Heinz Sielmann)は生誕101周年を迎えました。
 ジールマンは、野生生物の写真やドキュメンタリー映画の作品で有名な人だそうです。
 GoogleにDoodleされていますので、いつものように翻訳していきます。

→ ハインツ・ジールマン生誕101周年 / Doodle アーカイブ
ハインツ・ジールマン

ハインツ・ジールマン
Heinz Sielmann
1917-2006(享年89歳)
グラードバッハ/ドイツ帝国
生物学者, 写真家, 映画製作者


※ 写真は 2)より
ジールマン夫妻
ジールマン夫妻 3)
日の Doodleは、有名な生物学者でドキュメンタリー映画の監督、ハインツ・ジールマンの生誕101周年の祝福しています。
 ジールマンは「キツツキ先生 (Mr. Woodpecker)」という愛称で親しまれています。「キツツキ先生」の愛称は、野生のキツツキの神秘的な生活を撮影したドキュメンタリー映画から来ています。その映画の撮影では、鳥の巣の中から撮影することもしばしばありました。
1930年代のカメラ(ライカ)
1930年代のカメラ(ライカ) 4)

インツ・ジールマンは1917年にドイツで生まれ、幼い頃に東プロイセンに移りました。そこで、父親は電気と建築材料の事業を始めました。
 ジールマンは、幼いながらに自然界の魅力に夢中になりました。学校前に早起きをして、鳥を観察することもありました。
 ジールマンが最初のカメラを与えられたのは17歳のときでした。ジールマンは、自然風景をスケッチする代わりに自然風景を写真で撮影するようになりました。

雛鳥にエサを食べさせるキツツキ
雛鳥にエサを食べさせるキツツキ 5)

ールマンの最も顕著な成果の1つは、「森の大工たち」の生態の把握でした。「森の大工たち」は、キツツキに代表され、過去に見られなかったほど木に奥深くまで穴を空けます。
 ジールマンは、キツツキの巣の中にカメラを置き、親鳥と雛鳥が親密にしている瞬間を撮影することに成功しました。この映像(映画)は世界的に大成功を収め、映画のメイキングについての本も成功を収めました。
 ジールマンは著著の中でこのように書いています。「私が扱っている動物のうち、キツツキはお気に入りです...私はこれらの鳥の生態について、新しい事実をたくさん知ることができたからです。」

森の君主 (Les Seigneurs de la Foret)
森の君主 (Les Seigneurs de la Foret)
(→ Amazonへ)

1950年代後半、ジールマンは初の長編映画「レ・シーニュール・ド・ラ・フォーレ(森の君主)」を発表しました。ベルギー王に委嘱され、ベルギーのコンゴ時代に撮影した映画でした。
 野生動物や息をのむような風景に加えて、ジールマンはゴリラの家族性と社会性を最初に捉えました。
 この映画はモスクワ映画祭で1位を獲得し、すぐに彼の最も尊敬される映画の1つになりました。26ヵ国語にも翻訳されました。

森の君主 (Les Seigneurs de la Foret)
ヘルストン・クロニクルのムービーフォト 6)

の後の数十年間、ジールマンはドキュメンタリー映画とドキュメンタリー・シリーズを作り続けました。
 1971年、ウォロン・グリーンと共に撮影した映画「ヘルストン・クロニクル」でジールマンはアカデミー賞を受賞しました。
 その映画は、昆虫が人類に集団として与える脅威と昆虫と人類の闘いについて撮影したものです。

oodle:ハインツ・ジールマン生誕101周年
Doodle:ハインツ・ジールマン生誕101周年

  日の Doodle は、ジールマンの人気テレビ番組 Expeditionen ins Tierreich で、ジールマンが周囲の森林の野生動物に囲まれながら撮影をしている様子を描いたものです。

出典
1) Google, Doodle, ハインツ・ジールマン生誕101周年.
https://www.google.com/doodles/heinz-sielmanns-101st-birthday
(2018.6.3)

2) Celebs, Heinz Sielmann, Photo#07.
http://waytofamous.com/22297-heinz-sielmann@imageheinz-sielmann-07.jpg.html
(2018.6.3)

3) Heinz Sielmann Stiftung: Heinz Sielmann.
https://www.sielmann-stiftung.de/heinz-sielmann/heinz-sielmanns-leben/
(2018.6.3)

4) VANGUARD Real Estate Group.
http://www.web4homes.com/cameras/german.htm
(2018.6.3)

5) 紛失中。

6) Amazon, MOVIE PHOTO: The Hellstrom Chronicle 8"x10" Color Promotional Still G.
https://www.amazon.com/MOVIE-PHOTO-Hellstrom-Chronicle-Promotional/dp/B018UL417S/ref=sr_1_19?ie=UTF8&qid=1531627656&sr=8-19&keywords=The+Hellstrom+Chronicle
(2018.7.15)

 キツツキで検索して、いろいろなキツツキの写真やイラストを見て、なんか和みました。
 そう、私は鳥好きなのです。

 ジールマンがコンゴで撮影したという「ゴリラの家族性と社会性」、気になります。

 

先月(5/14)のブログで、陸游の詩「四日夜鶏未鳴起作」を翻訳しました。
 今日は、同じく陸游の詩「書憤」を翻訳していきます。

書憤(早歳那知世事艱)、宋陸游
 原文 
書憤
宋陸游 

早歳那知世事艱  中原北望気如山
楼船夜雪瓜洲渡  鉄馬秋風大散関
塞上長城空自許  鏡中衰鬢已先斑
出師一表真名世  千載誰堪伯仲間

 書き下し 

いきどおりを書く

 早歳、なんぞ知らん、世事のかたきを。
 中原、北を望みて、気は山の如し。

 楼船、夜雪、瓜洲のわたり
 鉄馬、秋風、大散のせき

 塞上の長城なりと、空しく自ら許せしも、
 鏡中の衰鬢、已に先はまだらなり。

 出師の一表 世に真の名をあげ、
 千載、誰か堪へん、伯仲の間。

 翻訳 

憤りを書く!

 若い頃は、世の中がこれほど難しいものだと、どうしてわかっただろうか?
 当時は、(女真の国となった)中原のある北を望み見ては、その意気は山のようであった。

 軍船は、夜雪を冒して瓜洲渡(長江沿岸の港)に集まり、
 軍馬は、秋風の吹く大散関(南宋と金の境目)に集まった。

 自分を護国の英雄だと信じて、空しく奮闘してきたが、
 鏡を見れば、衰えた髪にはとっくに白髪が混じっている。

 出師表は、世にまことの名を挙げるものであるが、
 長い歴史の上で、いったい誰が諸葛亮の兄弟だと認められることがあるのであろうか? 

 雑感 

 意味を誤って訳していないか自信がないですが、それほど大きな(重大な)誤訳は、どうやらなさそうです。

 2行目の「楼船夜雪瓜洲渡 鉄馬秋風大散関」はぶっきらぼうな直訳になってしまいました。1行目の「あの頃は..」に対して、2行目で「時は流れ..」と強調しているのだと思います。

 1行目は、思い出、メモリー、記憶。
 2行目は、時の流れ、時間の経過。

 思い出(長期記憶)と時の流れ(時間)を組み合わせて考えるたびに、私はいつも混乱します。

 3行目の下りは、寅さん(男はつらいよ)の「..奮闘努力の甲斐もなく、今日も涙の日が落ちる..」を思い出させます。

 解説 
[早歳]- 若い頃。

 ※ 音読みで”そうさい”と読みました。ちなみに私は、この言葉を耳にしたことはないです。

[那知]- どうして知っていようか?

 ※ 那(疑問代詞)- なぜ。どうして。
 現代の中国では、指示台詞の「那(な)」と疑問台詞の「哪(な)」を使い分けているようです。

[世事]- 世の中の事柄。俗事。

[艱]- ”かたい”。難しい。
 ※ 艱難辛苦(かんなんしんく)のニュアンスで理解しました。

[中原]- 黄河中流域の平原地帯。
 ※ 南宋の詩人・陸游が生きた12世紀の中原は、女真が建国した金の支配下にありました。

[楼船]- 船の上に楼がある船。いくさ船。
※ サイト「詩誌世界」からそのまま引用しました(2018.6.4)。

[瓜洲渡]- 瓜洲京口(現・鎮江)の対岸。江蘇省の南方。長江沿岸の港。
※ サイト「詩誌世界」からそのまま引用しました(2018.6.4)。

[大散関]- 陝西省にある南宋と金との境界の地名。
※ サイト「詩誌世界」からそのまま引用しました(2018.6.4)。


参考と引用
・ 詩誌世界(陸游詩誌, 書憤)
 http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/p39.htm(2018.6.3)


・ 漢字の正しい書き順(筆順)
 https://kakijun.jp/(2018.6.3)
 「書憤」という題名に惹かれ、この詩を選んで訳しました。

 誤訳が多いと思いますが、「雰囲気と趣(おもむき)を重視した意訳」ということにしてもらえれば、有難いです。

 楼船と鉄馬(軍船と軍馬)、夜雪と秋風など、対となる言葉の選び方が上手いな、と感心させられます。

 

 先日、久しぶりにバスケットボールをする機会に恵まれました。
 そのときに、ふと、手鞠歌「あんたがたどこさ」を思い出し、気になって調べてしまいました。
 この歌のメロディーは奇妙に頭に残りますね。

野生のホンドタヌキ
野生のホンドタヌキ 1)
 歌詞 
あんたがたどこさ 肥後ひごさ 肥後どこさ
熊本さ 熊本どこさ 船場せんば
船場山には狸がおってさ
それを猟師が鉄砲で撃ってさ
煮てさ 焼いてさ 食ってさ
それを木の葉でちょいとかぶ
 歌 

Youtube, J Happiness, あんたがたどこさ わらべうた 歌詞入り.
 解説 
[肥後]- 昔の国名。現在の熊本県。


肥後国
肥後国 2)


肥前国ひぜんのくに肥後国ひごのくには、 元々は火国ひのくにだったそうです。
 このこと、私は今日初めて知りました。
 青山剛昌の漫画『YAIBA』で、「火の玉」が阿蘇山にあったのを思い出します。懐かしい。

 感想 

 子供の頃、この歌を聞いたときは、歌詞が謎めいていてミステリアスに感じました。
 大人になり、こうして文字に起こしてみると、特に疑問に思うところもなく、普通の歌詞のように感じます。
 まあ、そんなものなのかな。

 出典 
1) Wikipedia Commons, 野生のホンドタヌキ.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tanuki01_960.jpg
(2018.6.7)

2) Wikipedia Commons, Map of the former Japanese provinces, with Higo.
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Provinces_of_Japan-Higo.svg(2016.6.8)
 新しいバージョンのエクセルに、「地図の可視化」機能がついたそうで、グーグル画像検索をすると、わんさか地図がでてきます。
 ちょっと、びっくり。
 まさかの地図ブーム到来か?